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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2312号 判決

原告 日本国有鉄道

右代表者総裁 石田礼助

右訴訟代理人弁護士 田中治彦

同 環昌一

同 鵜沢勝義

右訴訟代理人 大川実

〈ほか六名〉

被告 日東ペガサス株式会社

右代表者代表取締役 坂内虎雄

右訴訟代理人弁護士 梶谷丈夫

同 尾崎行信

同 桃尾重明

同 梶谷剛

主文

被告は原告に対し別紙目録第二記載の建物及び工作物を収去して同目録第一記載の土地を明渡し、かつ、昭和四〇年四月一日以降右明渡済みに至るまで一ヶ月金三一〇、三二八円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、申立て

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、主張

一、原告訴訟代理人は請求原因としてつぎのとおり述べた。

(一)  原告は昭和二五年一二月一四日訴外山端祥玉に対し、ガソリンスタンド設置の目的のため、使用期間を昭和二六年一月一日から昭和二八年三月三一日まで、使用料は年額金四〇四、六三八円とし、原告の必要あるとき又は使用者が使用承認条項違反若しくは不都合の行為があったときは使用承認を取り消されても異議を述べないこと、使用期間満了若しくは承認取消により返還の請求を受けた場合は山端において施設物件をその費用で撤去し原状に復することなど鉄道用地使用承認書の各条項を厳守する旨の請書を徴して原告所有の別紙目録第一記載の土地の使用を承認した。山端らは昭和二六年一二月一日被告会社を設立し、原告に対し右土地使用承認につき被告への名義変更方の願出があったので、原告は昭和二七年三月六日前記鉄道用地使用承認書の各条項を厳守する旨の請書を徴してこれを承認した。

右使用期間満了後被告より原告に対し数次にわたり本件土地の継続使用の願出があったので、原告はその都度右同様鉄道用地使用承認条項を厳守する旨の請書を徴して昭和三九年三月三一日まで使用承認し、被告は現に本件土地上に別紙目録第二記載の建物等を所有して本件土地を占有している。

この間使用料は数次にわたり改訂され、昭和三九年三月三一日当時は年額金三、三五四、九〇〇円であったが昭和三九年四月一日以降若し使用を許可するとすれば使用料相当額は年額金三、七二三、九三九円である。

(二)  昭和三九年三月に至り原告は第三次長期計画に基づく通勤輸送改善事業の一環として東京駅地下乗降場設置に伴なう連絡地下道拡幅、連絡階段の新設、連絡歩道橋設置のため本件土地を必要としたので、同年四月以降の継続使用は承認しなかった。よって本件土地使用承認は昭和三九年三月三一日限り終了したので原告は被告に対し右終了による原状回復請求権に基づき本件建物等を収去して本件土地を明渡すことおよび昭和四〇年四月一日以降右明渡済みに至るまで前記一ヶ月金三一〇、三二八円(年額金三、七二三、九三九円を月額とし、円未満を切り捨てたもの)の割合による使用料相当損害金の支払いを求める。

(三)  ガソリンスタンド経営のためには自動車等に直接給油するための固定給油設備と給油を受ける自動車等が出入するための空地を保有すれば足り、建物はこれを設けてもあくまで附随的な極めて小規模なもので、これ以外建築物を設けることは禁止されている(危険物の規制に関する政令第一七条)。被告所有の本件ガソリンスタンドも、五三二平方米の本件土地内にわずか二七・二七平方米の建物が存するのみで、その余はほとんど空地で駐車場として使用され、わずか地下に貯蔵タンク三基があるのみである。従って本件使用承認は建物所有を目的とする使用関係ということはできないので、借地法の適用はない。

仮にそうでないとしても、原告は昭和二四年六月一日施行の日本国有鉄道法により設立された公法上の法人で、従前国が国有鉄道事業特別会計をもって経営していた鉄道事業その他一切の事業を国から引継いて経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もって、公共の福祉を増進することを目的としている(日本国有鉄道法第一条、第二条)。従って原告の財産は形式的には国有財産ではなく国有財産法の適用はないが、実質的には国有財産と異ならず、原告の物的要素中、停車場、駅前広場、車輛等の如く直接公用に供し又は供するものと決定した財産は国有財産法上の行政財産(企業用財産)に相当する。従って、鉄道用地についても原告においてその本来の用途又は目的を妨げない限度においてのみ特定のものにその使用又は収益をなさしめることが許されるが、この場合の貸付は、絶えず原告の事業の公共性の立場からその使用に種々の制限を付し、貸付期間を定め、貸付期間の満了とともに貸付が終了するものとして事業に必要な限度において、民法、借地法等の諸規定を排除できるものである。この貸付契約の法的性格は一種の無名契約であり、賃貸借そのものではない。

原告は従来かような貸付の場合、日本国有鉄道固定財産管理規定および日本国有鉄道土地建物貸付規則に従い賃貸借契約の締結の場合と区別して、貸付を受けようとするものから必要事項を記載した願書を提出させ、これに対し原告の必要ある場合はいつでも契約を解除できる旨の約定解除権と、その場合には無償で施設を除去し、何等の補償の請求もしない旨の特約をつけて極めて短期間に限り使用を承認し、貸付期間満了後も引続き使用を希望するものは、期間満了の日の二ヶ月前までに継続使用の願書を原告に提出することになっている。

本件土地は東京駅構内で駅前広場を構成し、鉄道の事業の用に供するものであるところ、山端より昭和二四年一二月欠日付で借用願があり、原告は審査のうえ、前記各条項を厳守することを条件に鉄道用地の使用承認をなし、山端は請書を原告に提出したものであるから、本件土地につき賃貸借以外の方法によりその用途目的を妨げない限度で、前記条項の下に使用させる契約が成立したものである。又被告もこれを承諾のうえ山端の地位を承継しその後も継続使用してきた。従って本件土地貸付は一種の無名契約であり、賃貸借そのものではないから、借地法の適用はないものである。(東京地方裁判所昭和二九年九月八日判決下級民集五巻九号一四五一頁、京都地方裁判所昭和三四年五月六日判決下級民集一〇巻五号九三五頁、東京地方裁判所昭和三八年八月三〇日判決参照)。

二、被告訴訟代理人は請求原因に対する答弁および被告の主張としてつぎのとおり述べた。

(一)  請求原因第一項の事実中、原告主張の各条項の厳守につき特に請書を提出した点を除き、その余の点は認める。但し使用承認取消に対し異議を述べない旨の定めはなかった。同第二、第三項の主張は争う。原告主張の本件土地の必要性は設計の変更によりすべて解消される問題である。

(二)  原被告間の本件契約は双方の意思表示の合致により成立し、原告が被告に対し本件土地の使用収益をなさしめることを約し、その対価として被告が原告に賃料を支払うことを約する賃貸借契約であり、その目的はガソリンスタンド設置にある。ガソリンスタンドの設置という場合、その用途上事務所その他の建物を必要とし、その建物は構造上耐火構造又は不燃性材料により造られなければならないので、堅固な建物に該当する。従って本件土地賃貸借契約の期間の定めは無効であり、その定めがないものと看做され、本件賃貸借契約は六〇年の存続期間がある。

(三)(イ)  原告は本件土地使用関係は賃貸借と異なる無名契約で借地法の適用はないと主張するが、つぎのとおり右見解は失当である。すなわち、借地法の規定は強行規定であり、当事者の合意によっては排除することができず、特に法律に明文がある場合のほかは、無名契約と呼ぶことによりその適用を回避できるものではない。原告はその公共性を強調するが、日本国有鉄道法第六三条によれば、国有財産法の適用については国鉄は国と看做されないことになっており、原告の財産管理については、国有財産法第一八条ないし第二〇条等による特殊な規制はなく、原告の有する公共性は、日本国有鉄道法自体に第四五条、第四六条を置きこの限度でその財産管理関係を保護し、かつ監督することにより十分とされている。現に原告の制定にかかる日本国有鉄道土地建物貸付規則第二条によれば、「国鉄の管理する土地又は建物を他に貸し付ける場合は、法令その他別に定める場合の外この規則の定めるものによる。(注一)『法令』とは借地法、借家法、農地法等の関係法令をいう。」と定められており、右規則は(注)も含めて官報に公示されている。原告自ら本件に関し借地法の適用あることを公示しておきながら、今日に至り右規則の趣旨を歪曲して借地法の適用を回避せんとすることは許されない。

(ロ)  原告の公共性の故に借地法の適用がないという主張は、国有財産法の解釈をみても失当であることが明らかである。すなわち、国有財産法第一八条は昭和三九年の改正前は単に「行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度において使用又は収益をさせる場合を除く外、これを貸し付け、交換し、売り払い、譲与し、若しくは出資の目的とし、又はこれに私権を設定することができない。」と定めるにすぎなかったが、判例学説は一般に行政財産についても賃貸借契約が有効に成立することを認めていた。しかし、行政財産の性質上その使用は行政上の許可処分によってのみ行なわれるべきであるとの見解も存在し、これらの疑義を解消するため、昭和三九年法律第一三〇号により旧第一八条は改正され、現行のように、行政財産には私権の設定が許されないこと、使用収益は行政処分たる許可によること、この使用収益には借地法、借家法の適用のないこととされた。従って行政財産については、右改正によりはじめて借地法、借家法の適用がないことに確定されたわけであって仮に原告につきその公共性の故に同様の保護が与えられるべきものであったなら、日本国有鉄道法にも当然同様の規定が設けられたはずである。現に地方自治法には改正により現行国有財産法第一八条と同様の規定が加えられた(地方自治法第二八三条の四)。およそ国の公法行為中管理行為については私法が全面的に適用され、特に法律が特殊の扱いを明文で認める場合にのみ特殊の法規制がなされるにすぎない。単なる特殊法人であって国家機関ではない原告の管理行為につき一般私法の適用が排除されるためにはより明確な根拠が必要である。

第三、証拠≪省略≫

理由

一、原告が昭和二五年一二月一四日訴外山端祥玉に対しガソリンスタンド設置の目的のため使用期間を昭和二六年一月一日から昭和二八年三月三一日まで、使用料は年額金四〇四、六三八円とし、原告の必要あるとき又は使用承認条項違反若しくは不都合の行為があったときは使用承認を取り消す、使用期間満了若しくは承認取消により返還の請求を受けた場合は山端において施設物件をその費用で撤去し原状に復することなどを約して原告所有の別紙目録第一記載の土地の使用を承認したこと、山端らは昭和二六年一二月一日被告会社を設立し、原告に対し、右土地使用承認につき被告への名義変更方の願出があったので、原告は昭和二七年三月六日これを承認したこと、右使用期間満了後被告より原告に対し数次にわたり本件土地の継続使用の願出があったので原告はその都度これを承諾し結局昭和三九年三月三一日まで使用承認したこと被告は本件土地上に別紙目録第二記載の建物等を所有して本件土地を占有していること、この間使用料が数次にわたり改訂され、昭和三九年三月三一日当時は年額金三、三五四、九〇〇円であったこと、昭和三九年四月一日以降の本件土地使用料相当額が年額金三、七二三、九三九円であること、以上のことは、当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によれば、本件土地使用承認に際し、地上に建物を設置する場合には原告の承認を得て施行することとされ、実際に建築された建物は建築面積八・二三坪(二七・二〇平方米、但し現在の建物が建坪二七・二七平方米であることは当事者間に争いがない)の鉄筋コンクリート造平家建建物で工具室、販売室等を有するものであることが認められ、ガソリンスタンド経営のためには従業員の控室あるいは商品、工具置場等に当然建物が必要とされるし、その主たる販売品であるガソリンの貯蔵のため通常地下タンクを要し、現に被告は本件土地中に敷地面積合計三〇平方米の地下タンク三基を所有することは当事者間に争いがなく、このタンクは営業品を貯蔵する地下倉庫と同視さるべきであり、これ自体建物の一部というを妨げないと考えられるから、本件土地使用は建物所有を目的とするものと解するのが相当である。

三、そこで本件土地使用関係に借地法の適用があるかにつき考えるに、原告は従前国が国有鉄道事業特別会計をもって経営していた鉄道事業その他一切の事業を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もって公共の福祉を増進することを目的とし、日本国有鉄道法に基づき設立された公法上の法人であり(日本国有鉄道法第一条、第二条)、国とは別個の法人格を有するものであるが、その事業の公共性は従前国が経営していたときと変らない。従って、原告の所有財産については公共性の立場からその法律関係を考えなければならない。ところで原告の所有する財産関係については、昭和二五年三月三一日の日本国有鉄道法の一部改正前は国有財産法の適用があり、昭和三九年法律第一三〇号による改正前の国有財産法第一八条によれば、その本来の用途又は目的を妨げない限度においてのみ原告の事業の用に供する財産を他に貸しつけることができるとされていたところ、昭和二四年法律第二六二号による日本国有鉄道法の一部改正により昭和二五年四月一日以降は原告所有財産について国有財産法の適用がなくなったものである。しかし原告の有する公共性はもとよりかように国有財産法適用の有無により変るものではなく、その適用がなくなってからも原告の事業の用に供する財産はその本来の用途又は目的を妨げない限度でのみ他に貸しつけることができたものといわなければならない。昭和三一年法律第一〇五号による改正後の日本国有鉄道法第四五条第二項によれば原告は車両その他運輸省令で定める重要な財産を貸しつける等の処分をするときは原則として運輸大臣の許可を受けることとされたのであるが、処分につきかような制限をうけない財産で原告の事業の用に供するものはやはりその本来の用途又は目的を妨げない限度においてのみ他に貸しつけることができると解すべきである。ところで原告の有する公共性に由来するこの貸付の制限は、すなわち、国又は地域社会の要請に応じた鉄道事業の適正な発展を阻害することのないよう存在するものであって、その貸付の当時に直接輸送事業に必要とされず、貸付が本来の用途又は目的を妨げない場合でも、輸送事業の適正な運営のためその使用方法に種々の制限を付することが要請される場合があるし、貸付期間の点からみれば、将来事業上必要とされる事態が生ずることが予想される場合には、これを阻害しない期間で終了する旨定めることが要請される場合も少なくない。特に本件土地のごとく東京駅駅前広場にあってはその利用状況は短期間に変化することが予想されるところである。かようにして、貸付期間はこれを短期間とし、一時使用のための使用関係として貸付けることが原告の財産貸付の場合その本来の用途・目的をさまたげないために、むしろ原則として要請されるところである。

これを本件についてみるに、前記争いのない事実と≪証拠省略≫を総合すれば、本件土地は東京駅駅前広場の一部であり、その貸付に現行日本国有鉄道法第四五条第二項の前記運輸大臣の許可を要するものでなく、昭和二四年一二月山端祥玉より土地借用願書が原告宛提出され、原告は審査のうえ、原告の事業目的を妨げないため期間を昭和二六年一月一日より昭和二八年三月三一日までとし、前記のごとき条件を付してその一時使用を承認し、その後使用者が被告に変更されてからも、使用期間満了の都度被告から提出される継続使用願にもとづき昭和二八年四月一日以降の使用、同三〇年四月一日以降、同三一年四月一日以降、同三二年四月一日以降、同三四年四月一日以降、同三六年四月一日以降、同三九年三月末日迄の各使用につきいずれも期間を一年ないし三年の短期間として継続使用が承認されてきたものであって、その都度被告より使用承認条項を遵守する旨の請書を徴したものである事実を認定することができ、これからみると、本件土地使用関係は、借地法第九条にいう一時使用のための使用関係が各継続使用承認の都度設定されてきたことが明らかな場合に該当する(このように前示認定の数次に亘り一時使用承認がなされ、被告はいずれも一時使用の制限を充分認識承認していたものであって、これをくり返した結果として昭和三九年三月末日までの期間を累算すると少なからぬ年数にはなるけれどもそれは結果としてそうなっただけであって、この事実から逆にみて当初の承認の一時性の性質が失われるものではない)と解するのが相当であって、右の理由により、本件土地使用関係には借地法の適用はないことになる。尤も原告引用の従来二・三の下級審判決例には、本件土地使用関係類似の場合に、これを、民法上の典型契約たる賃貸借そのものとは異った土地使用の承認又は貸付契約とでも称すべき債権関係を設定することを内容とする私法上の無名契約とし、右契約により設定された土地使用権は借地法にいう賃借権に該当しないという趣旨の判決例があり原告は右諸判決と同旨の主張をするものである。その趣旨とするところは結局原告の公共性の故に永続的な土地使用関係設定に親しまない法律関係であるとするものと解されるが、当裁判所はなおこれを賃貸借とは異った無名契約と解することによって、借地法の適用を排除するだけの合理性を見出し難いものと考えるのでその見解はとらないところであり、結局前記したところに従い本件に借地法の適用があるとする被告の主張は前提を欠き採用することができない。

四、そうすると被告は昭和三九年四月一日以降本件土地を使用する権原を失ない同日以降は無権限で本件土地を使用するものであるから原告に対し別紙目録第二記載の建物等を収去して本件土地を明渡しかつ、昭和四〇年四月一日以降右明渡済みに至るまで使用料相当額の一ヶ月金三一〇、三二八円の割合による損害金を支払う義務がある。よって民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 長利正己 加藤英継)

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